実声と裏声

母音というものは,声帯の振動が音源となり,それが声道で共振することで生まれます.そのため基本的には,声帯が音の高さ(何Hzか),声道が音色(母音の違いなど)を決定します.(声帯と声道は物理的に繋がっているので,両者の制御を完全に切り離すことはできないけど,近似的にはこうなります.音源と共振特性を切り離して考えるモデルを音声工学では「ソースフィルタモデル」といいます.)

実声と裏声(ファルセット)の違いは,ソースフィルタモデル的にいえば,音源(声帯)の制御方法の違いです.声帯そのものが縮む筋肉を使って出すのが実声.声帯につながっている筋肉(輪状甲状筋)を使って声帯を引っ張って出すのが裏声です.

歌を歌うときには,実声と裏声の切り替え部分を上手くやらないと,そこで断絶が起こってしまいます.実声だけで高い音を出せる,強靭な声帯を持つ人も中にはいるかもしれないけど,一般的には(少なくとも僕には)実声で高い音を出すのは難しいです.

実声と裏声をスムーズに切り替えるためには,「実声と裏声を混ぜる」ことが有効です.声帯の制御方法としては簡単な事で,輪状甲状筋で声帯を引っ張りながら,同時に声帯を伸縮させればいいわけです.言うは易しですが,僕には今のところできません.僕の場合,自分の感覚として,実声と裏声が完全に二分されてしまっています.

でも,実際に実声と裏声が混ざる人はいて,例えば「歌う筋肉」というCDをだしている弓場先生とかは,実声と裏声のミックスボイスを実現しています.僕が初めて完全なミックスボイスを聞いたのは,高校の後輩のIくんでした.生まれつきできたらしい.羨ましい.

ちょうどそのころ,OCMの当間先生が「ヴォーチェ・ディ・フィンテ」という実声と裏声を混ぜる発声法についてウェブ上で書いておられて,全部印刷して読み込んでました.
OCM - 合唱講座 http://www.collegium.or.jp/~sagitta/ocm_homepage/html/kouza.html
ただ,ずっと憧れて練習はしていたけれど,今のところまだできてません.

高校をでて大学に来てからも,ときどき,ミックスボイスを実現している人を見かけました.ただ,ほとんどの人が生まれつきできたようで,僕みたいに実声と裏声が二分してしまって悩んでいたけど,ミックスボイスができるようになって高音なんて怖くなりました,,みたいな人には会っていません.


ここまでが前置きです.

先日,ボイストレーニングを受けてきました.その時の練習を録音して,何度か繰り返し聞いているのですが,いくつか発見がありました.

順次進行で上昇音型を歌って,最高音がEだったとき,実声のつもりだったのに,思ったより裏声っぽい【音色】がしていたのです.

ちなみに,次にFに上がったときには,Fの音で裏声に切り替えたので,大きな音色の断絶ができていました.ここで,Fにあがる直前のEsの音は,実声っぽい【音色】でした.

さっきから【音色】の部分を【】でくくって書いていますが,ソースフィルタモデル的に考えれば,実声と裏声で【音色】は違うのはありえません.でも我々は,「実声っぽい音色」「裏声っぽい音色」を聞き分けられる.つまり,ソースフィルタモデルはあくまで近似であって,一般的に声帯と声道の制御を分離することはできないってことです.

ここからは,仮説の域をでませんが(そして僕の感覚の問題なので他人には伝えられないのですが),僕的に実声のつもりだったのに,思ったより裏声っぽい音色だった,とはどうゆう現象だったのかについて考えてみます.

実は上昇したEの音は,(不完全ながらに)ミックスボイスになっていたんじゃないか,のだろうか.

そのときの僕の感覚は,「喉の周りに力を入れない」「いい声を出そうとしない,逃げようとしている声で」「かつ裏声にはせず,実声のつもり」という感覚でした.僕の感覚として,「実声のつもり」というのがミソです.つまり,自分が「実声と感覚」している制御は,実際に声帯の動きにしてみれば,輪状甲状筋を使わず声帯を縮めることになっていないのではないだろうか.音色的に裏声っぽくなっていたということは,少なくとも声帯と連動して動いているはずの声道が裏声をだしているときの状態に近くなっていたということで,逆に考えれば声帯も裏声っぽい状態に近づいていた可能性が高い(輪状甲状筋を使っていた可能性が高い).

こう考えたのは,上昇音型でクレッシェンドをしたときに,先生から「音を膨らまそうとするときに,『より実声に』しようとしてしまうクセがある」と指摘されたのも一つの理由です.僕の感覚的にこれまで「音を大きく,ハリのあるしっかりした感じにする」という感覚の方が,物理的には声帯を縮める効果になっていたのかもしれない.

これまで,自分の意識の中で,自分が感覚している実声と裏声をまぜようまぜようとしてきて失敗していたのだけど,もしかしたらそもそも僕が「実声」「裏声」と思っている制御と実際の声帯の動きに乖離があったのかもしれない.

以上の仮定から考えるに,「僕の感覚」の言葉でミックスボイスを実現するには,

  • あくまで裏声にせず実声の「感覚」
  • 脱力して音をしっかりさせず,響きでごまかそうとする「感覚」
  • 実声と裏声を切り替えず,グラデーション的に変えようとする「感覚」

を大事にしていくのがよいかと思っている.この感覚でやれば,物理的にミックスボイスの動きが実現できるかも.

今週の練習で実践してみたいと思います.